good luck have fun.

140文字に収まらないことや、140文字に収まることを書きます

6/13-15

6月13日(木)

 

そうだ、明日はカラオケに行こう。

 

突然にひらめいたそのアイデアは素晴らしいことのように思われた。まず、いつも通りの時間に起きて、シャワーを浴びて、コンタクトレンズを入れて、歯を磨いて、ワックスをつけて、スーツを着て、革靴を履いて、通勤カバンを持って、颯爽と家を出よう。どう見ても乗り込む隙間のない電車にするりと紛れ込み、僅かなスペースにスマートフォンを取り出して、新聞社が提供するアプリケーションを立ち上げて、毎日変わり映えのしない米中貿易摩擦の記事を流し読もう。そしていつもの乗り換え駅で改札口を通り抜けた途端に、私ははたと、何もかもがイヤになってしまうのだ。一切合切をぶん投げて、一人でカラオケに行くんだ。

 

くるりを歌おう。ゆらゆら帝国を歌おう。斉藤和義を歌おう。ブルーハーツを歌おう。ハイロウズを歌おう。グリーンデイを歌おう。オフスプリングを歌おう。ミスターチルドレンを歌おう。アジカンを歌おう。RADWIMPSを歌おう。ウルフルズを歌おう。奥田民生を歌おう。締めにはタイマーズのデイ・ドリーム・ビリーバーを歌おう。涙が出るかもしれない。それはきっと楽しいことに違いない。なにより、平日の真っ昼間にスーツを着たオッサンがカラオケで熱唱しているという絵面も大変良い。

 

これは凄いことになってきた。既にクールビズに入ってはいるが、なんならネクタイも締めた方がいいのではないか。できうる限りの正装で挑むべきだ。興奮が止まらなかった。もちろん準備に抜かりはない。有給休暇の申請は済ませていて承認も完了している。A4サイズのコピー用紙に「6/14(金) 休暇!」と殴り書いて会社の自席机の上に置いてきた。なんてことだ、私は明日、遂に届かなかった完璧な一日を体現してしまうのかもしれない。

 

 

6月14日(金) 


目が覚めて、呻き声が漏れる。枕元のスマートフォンを握りしめると、ディスプレイは13時47分を示していた。昨晩ぶち込んだアルコールは……、缶ビール500ml x 3本、赤ワイン x 1本、明らかに私の限界量を超えていた。飲み過ぎた。飲み過ぎていることを自覚しながらも飲んでいた。きっとこうなるだろうと分かってはいたが、仕方がなかったのだ。深夜になっても遠足ワクワク効果で眠りに就けず、私が取れる手段は、限界を突破して強引に意識を刈り取ること以外にはなかったのだ。

 

半ば覚悟していたいつもの頭痛は不思議と無かったが、ほとんど身体の自由が利かないことに――完全な自業自得であるのに――強い不快感が募った。決して走ることができない夢の中のように、曖昧模糊とした現実は粘性の高い空気で満たされていた。指がうまく動かない。手足および脳の神経細胞共が勤労を放棄しており、精神と身体のシンクロ率はおよそ10%台だと思われた。これではエヴァンゲリオンのパイロットになれないことに気づき、ますます憂鬱な気持ちになったが、そもそも私は十四歳をとっくに通り過ぎているし、チェロどころかギターすら弾けないし、肉親を失ってもいなかった。人類を背負って立つ資格も覚悟も、何一つ持ってはいなかった。

 
パソコンで文字列を書くという行為は、必要条件の一つとして、その人に適したタイプ速度があってこそ為せるものではないかと、改めて思うのだ。その昔、私は人外にタイピングが速かった。とあるタイプ練習ソフトがあり、そのランキングシステムがあり、私はそこで何度か1位になったこともある。当時のハンドルネームを検索すると、どなたか様の手によって当時の様子が綴られたブログが出てきたりもして、それは大変懐かしい。きっと今でも平均以上には速い方ではあると思うが、比較対象が瞬間日本最速であるので、とにかくまどろっこしくて仕方がない。いつかのゴーストレコードが今の私を置き去りにして画面外に走り去っていく。思考とは本当にごく一瞬しか現れないものであるが故に、どんなに遅くとも数秒以内には音声や文字列として出力せねば、ほぼ原形を留めない無残な結果となる。

 

非常に不正確な書き方をしてしまっているが、別に速ければ速いほど良いということではない。生成と出力の間に何らかのギャップがあった場合、それは無視できないノイズになるはずだ、という提起である。ギャップはボトルネックを生み、淀みはことの本質を変容させる。

 

私はここで書いたものをおそらく一貫して文字列と呼んでおり、文章と言ったことはないはずだ。私には書けないからだ。文章が書ける人というのは、ある一瞬がやってくるのをじっと待ち続けることができる忍耐力、そして遂に現れたそいつを的確に仕留める精度も併せ持つ、優れたハンターのような存在と言えよう。

 

 

6月15日(土)


という具合に、どう見てもキレが出ない。まずもって「それ」やら「これ」やら代名詞が多すぎる。捉えられてないのだな、つまりは。どうにも納得はいってないが、たまにはこんなエントリーを残しておくのもいいだろう。冷蔵庫にはエビスビールのロング缶が1ダース入っている。