good luck have fun.

140文字に収まらないことや、140文字に収まることを書きます

ルームトーン

午前二時。

ルームトーンが鳴っている。

休息する電子機器、寄り添う空調、窓に触れる夜の気配。

本当に鳴っているのか、ただの耳鳴りなのか、わからない。

でも、煩わしくて仕方がない。

 

――を止めたいか。

 

ベッドに入って、既に一時間以上が経過している。

一度気になりだすと、もう眠れはしない。

 

――ムトーンを止めたいか。

 

嗚呼、本当に、鬱陶しい。

 

 

――ルームトーンを止めたいなら、止めてやる!

 

さっきからうっさいねん。誰やねんお前。

 

――私は、ルームトーン神、ルームトーンの全てを司る者……。

 

八百万の神の概念適当すぎへん? 物とか場所に宿るんちゃうんか。

 

――ブルーオーシャンを求めて、ニッチトップ戦略で生まれた……。

 

生き残りに必死やん。浮世離れしてるからビジネスモデルが古いやん。

 

――でも、これで、よく眠れるでしょう?

 

純粋な善意に戸惑いを隠されへんわ。

 

――最高の生活環境音を、世界中の人々に届けたい。

 

経営理念みたいに言うなや。 

 

――grow ambience for your life.

 

ブランドメッセージもいらんねん。

 

――私の力で、人の世を豊かに、したかった……。

 

ありがたいねんけど、時計の秒針の音が残ってんねん。むしろ静けさ故に、より際立ってて気になんねん。

 

――あたかも、カレーうどんを食べたあとの、白いTシャツのように?

 

例えるのヘタか。 それやと逆やろ。

 

――逆……?

 

その方向性なら漂白剤でも落としきれなかった汚れのようにとかそういう感じちゃうの。物理的な汚れと精神的な汚れを重ね合わせてちょっとポエティックにするとか、清掃を描写しながら逆に心に小さな染みを残すというコントラストの効果を狙っていったりする思うねんけど。いや知らんけど。

 

――急に早口にならないで、ほしい。

 

なんかカレーうどんってゆう安直さにイラっときてもうて。

 

――本当に大切なものは、いつだってシンプル、

 

名言ぽくゆうてもあかんねん、それも薄っぺらいねん。

 

――みたいなことを、ミスチルの桜井さんも、歌ってた……。

 

桜井神の言うことなら間違いないわ。全面的に俺が間違ってたわ。

謝るから、ついでやし秒針も止めてくれへん?

 

――時計の秒針は、時空を司る神の管轄だから、私には無理。

 

急に壮大になったな。さすがに畏れが多くて頼まれへんわ。

 

――これだと、眠れそうにない?

 

頑張ってはみるけど既に完全に目が冴えてんねん。

 

――あたかも、カレーうどんを食べたあとの、白いTシャツのように?

 

絶対ちゃうやん。今天丼ほうりこむ場面やった?

 

――桜井神。

 

せやねん、カレーうどんを食べたあとの白いTシャツのように目が冴えてんねん。

 

――起こしてしまったのは、謝る。

 

正直ハードル上がってるわ。ぶっちゃけウトウトはしてたし。

 

――冷蔵庫のコンプレッサー音だけ、戻したりもできるけど……。

 

それ一番いらんやつやろ。どこに入眠効果があると思ってん。

 

――【絶対眠れる】5分で熟睡にいざなう川のせせらぎ、とか、聴く……?

 

YouTubeに頼んな。信仰心失せるやろ。

 

――今晩だけ、この部屋を、千葉か茨城の国道沿いに転移させたりも、できるよ?

 

バイク音最悪なロケーション選ぶなや。伊豆の海沿いとか、もっと他にあるやろ。

 

――千葉と茨城の国道沿い以外は、スキルポイント振ってない……。

 

お前スキルツリーの伸ばし方完全に間違えてんねん。

 

つーかルームトーン神の能力凄いやん。

それほとんど時空を司ってるやん。

 

――でも時計の秒針は、無理。管轄外……。

 

頑なか。縦割り組織の弊害思いっきり出てるやん。

 

――カレーうどんと白いTシャツのように、近くて遠い、存在……。

 

めっちゃわかるわ。共感みがすごいわ。

 

――桜井神の力に、少し、複雑な気分。

 

ゆうてもお前自分の力を侮りすぎやろ、気合入れたらできるって、絶対いけるって。

 

――本気を出して、もしできなかったら……、自分の限界を知るのが、怖い……。

 

思春期か。

 

――来年……、大学受験ある……。

 

思春期やん。頑張れよ、おい。

 

――ありがとう、私、頑張る……。

 

完全に目は覚めたけど、結果はともかく気持ちはありがとうな。

 

――待って。

 

まだ何かあんの?

 

――止めてみる、秒針……。

 

あんま無理せんでええぞ。

ダメ元で試すくらいで十分やからな。

 

――天と地と時空を繋ぐ森羅万象よ、ルームトーン神の名において、時計の秒針を我に預けよ!

 

めっちゃ流暢に詠唱するやん。

 


狙い通りなのか、越権行為のためか、それは音ではなく、秒という概念を飲み込んだ。

時間の連続性を奪われたあらゆる分子は結合を失い、互いが孤立した原子の塵となった。

男は身体と存在が消失する痛みを理解する間もなく、永遠を漂う虚空に溶けた。

 


――これで、ゆっくり、眠れるよね……。